大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成6年(ワ)1944号 判決

名古屋市〈以下省略〉

原告

X1

右代表者代表取締役

名古屋市〈以下省略〉

原告

X2

右代表者代表取締役

右両名訴訟代理人弁護士

織田幸二

右両名訴訟復代理人弁護士

角谷晴重

小関敏光

朴憲洙

太田寛

東京都千代田区〈以下省略〉

被告

日興證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

石原金三

花村淑郁

杦田勝彦

石原真二

北口雅章

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告X1に対し、四一〇六万八〇六五円及びこれに対する平成三年一一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、四〇二三万七六五一円及び内三五九九万七六五一円に対する平成三年一一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告株式会社廣潤社に対し、別紙株券目録記載の株券を引き渡せ。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  仮執行宣言

第二事実関係

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告X2は、不動産の売買、賃貸、管理及びマンションの経営等を目的とする会社であり、原告X1は、不動産の売買、賃貸、管理及びマンションの経営等を目的とする会社である。

(二) 被告は、証券取引法に基づき証券取引業を営む株式会社である。

2  原告X2の証券取引による損害の発生と被告の責任原因

(一) 原告X2と被告との証券取引

原告X2は、被告の勧誘により、被告から別表一1ないし3の「購入」欄記載のとおりワラントを購入した(右の各取引を、以下場合により「本件一の取引」という。)が、その後同表1ないし3の「売却」欄記載のとおりこれらを売却したので、その結果同表1ないし3の「損失」欄記載の額の各損失を被った。

(二) 被告の責任原因

右(一)の証券取引についての被告の勧誘行為には、次のような各種法令違反があって社会的相当性を欠くから、私法上違法な行為というべきである。

(1) 説明義務違反等

被告名古屋支店のC課長(以下「C」という。)は、別表一1ないし3の各ワラントの取引を勧誘するに当たり、原告X2に対し、ワラントの特性及び危険性について十分説明せず、証券会社に課せられたワラントについての説明義務に違反したほか、購入するワラントの数量及び価格について同原告の事前の承諾を得ず、事後報告により売買を進めるという公正習慣規則第八号証券従業員に関する規則(以下「従業員規則」という。)九条の二に違反する行為をした。

(2) 断定的判断提供、利益保証による勧誘等

Cは、原告X2に対し、①上新電機ワラント52(別表一又は二記載の取引の目的たる証券について、以下単に「上新電機ワラント52」のように表示することがある。)の取引を勧誘した際には、「一日で一〇〇〇万、二〇〇〇万円の利益を上げたこともある。特にワラントについては得意で大きな利益をあげている。」等と言って、断定的判断提供、利益保証による勧誘(証券取引法第五〇条一項一号、二号、六号(平成三年法律第九六号による改正前の五号、以下同じ。)を受けた証券会社の健全性の準則等に関する省令(以下「健全性省令」という。)第二条二号(平成三年大蔵省令第五五号による改正前の一条二号)に違反する行為)をしたほか、「万一、損金が出ても必ず補償します。」等と言って証券取引法第五〇条の三(平成三年法律第九六号による改正前の同法五〇条一項三号)において禁止する損失補てんを申し出る方法による勧誘をし、②ツムラワラント2を勧誘した際には、「絶対値上がりする。損が出た場合は新規公募株を割り当てる。」等と言って断定的判断提供、利益保証による勧誘をし、③ブラザー販売ワラント1を勧誘した際には、「絶対に儲かります。最低でも三〇〇〇万円は利益を出します。」等と言って、断定的判断提供、利益保証による勧誘をしたほか、Cにおいてインサイダー情報を有しているかのように装って勧誘し、虚偽の表示をなし又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき行為を禁止した証券取引法第五〇条一項六号、従業員規則九条三項五号、九条の二、二号に違反する行為をした。

(3) 原告X2は、被告の業務の執行につきなされた右(2)のCの違法行為により、別表一1ないし3の「損失」欄記載の額の損失を被ったものであるから、被告は、民法七一五条又は四一五条に基づき、原告X2の右損失を賠償すべき義務がある。

3  原告X1の証券取引による損害の発生と被告の責任原因

(一) 原告X1と被告との証券取引

原告X1は、被告の勧誘により、被告から又は被告を介して別表二1ないし5の「購入」欄記載のとおりワラント、転換社債、株式等の有価証券を購入したが、その後同表1ないし5の「売却」欄記載のとおりこれらを売却したので、その結果同表1ないし5の「損失」欄記載の額の各損失を被った。

(二) 被告の責任原因

右(一)の証券取引についての被告の勧誘行為には、次のような各種法令違反があって社会的相当性を欠くから、私法上違法な行為というべきである。

(1) 説明義務違反等

Cは、別表二1、3及び5の各ワラントの取引を勧誘するに当たり、原告X2に対し、ワラントの特性及び危険性について十分説明せず証券会社に課せられたワラントについての説明義務に違反したほか、購入するワラントの数量及び価格について同原告の事前の承諾を得ず、事後報告により売買を進めるという従業員規則九条の二に違反する行為をしたほか、同表二2及び4の四回ソニー転換社債やTHK株の取引を勧誘した際にも、購入する転換社債や株式の数量及び価格について同原告の事前の承諾を得ず、事後報告により売買を進めるという従業員規則九条の二に違反する行為をした。

(2) 断定的判断提供、利益保証による勧誘等

Cは、原告X1に対し、①石原産業ワラント33の取引を勧誘した際には、「絶対間違いない。大きく利益を出す。」等と言って、断定的判断提供、利益保証による勧誘をし、②四回ソニー転換社債の取引を勧誘した際には、「一円高でクロスにより処理して絶対間違いなく利益を出す。」等と言って、利益保証による勧誘をし、かつ、一部しかクロスによる処理を実行しないなど従業員規則九条三項五号、同九条の二、二号に違反する行為(虚偽説明)をし、③サンケン電機ワラント7の取引を勧誘した際には、「絶対に値上がりする。万一損が出れば新規公募株を割り当てる。」等と言って、断定的判断提供、利益保証による勧誘をし、④THK株の取引を勧誘した際には、「短期で利益を出す」等と言って、利益保証による勧誘をし、かつ、原告X1代表者の意思に基づかず、顧客の信頼に乗じた相対取引により被告の利益を図るという背任行為をし、公正慣習規則第一号において協会員に対して課せられた自己売買を行う場合における公正な価格形成を損なうことのない義務(第二〇条一項)、顧客のために最善の努力を払い売買執行を行う義務(第二二条)、委託注文優先(第二四条)等の義務にも違反しただけでなく、商道徳、公序良俗にも違反する違法行為をし、⑤ブラザー販売ワラント1を勧誘した際には、前記2(二)(2)③のとおり断定的判断提供、利益保証による勧誘をしたほか、インサイダー情報を有しているかのように装って勧誘するという虚偽の表示をなし又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき行為をした。

(3) 原告X1は、被告の業務の執行につきなされた右(2)のCの違法行為により、別表二1ないし5の「損失」欄記載の額の損失を被ったものであるから、被告は、民法七一五条又は四一五条に基づき、原告X1の右損失を賠償すべき義務がある。

4  担保株式の返還義務とその不履行による損害

(一) 原告X1は、被告との証券取引上発生する債務の担保として、被告に対し、別紙株券目録記載のとおり中部鋼鈑株式会社の株式三〇〇〇株、川崎冷熱工業株式会社の株式五〇〇〇株、大同メタル工業株式会社の株式一〇〇〇株の各株券(以下「本件担保株券」という。)を差し入れていたところ、平成三年一一月二二日、同原告と被告との証券取引は全て終了し、同原告は、被告に対し、今後被告との間で証券取引は行わない旨を告知したから、被告は、同原告に対し、本件担保株式を返還すべき義務を負担した。

(二) しかるに、被告は、同原告が被告に対し、平成三年七月二日(単価三八〇〇円で五〇〇〇株)、同月四日(単価三六〇〇円で五〇〇〇株)、同月一〇日(単価三五八〇円で一一〇〇〇株、単価三六〇〇円で五〇〇〇株)の各日に信用取引によるサンゲツ株式の買付委託をしたとし、かつ、同原告の計算による買付とその手仕舞の結果一五一二万七八三〇円の差損が生じたとして、本件担保株式を返還しない。

しかし、右の売買は、同原告に無断でなされたものであって、その差損は同原告には帰属しないから、被告の主張する被担保債権は存在せず、被告が、同原告に対し、本件担保株式の返還を拒絶しうる事由はない。

(三) 被告の右返還義務の不履行により、同原告は、別紙計算書記載のとおり四四八万七〇〇〇円の損害を被った。

5  弁護士費用

原告らは、本件損害金の支払と本件担保株券の返還を受けるため、本件原告訴訟代理人らに対し、本訴の提起と追行を委任せざるをえず、本訴の提起にかかる弁護士費用として、原告X1において五二九万円、同X2において四二四万円を支払った。

6  よって、原告X1は被告に対し、本件損害金四一〇六万八〇六五円及びこれに対する本件不法行為の日の後である平成三年一一月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告X2は被告に対し、本件損害金四〇二三万七六五一円及び内三五九九万七六五一円に対する本件不法行為の日の後である平成三年一一月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払と本件担保株券の引渡を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は知らない。同1(二)の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。同2(二)の事実は争う。

3  同3(一)の事実は認める。同3(二)の事実は争う。

4(一)  同4(一)の事実中、原告X1は、被告に対し、被告との証券取引上発生する債務の担保として、本件担保株券を差し入れていたことは認める。

(二)  同4(二)の事実中、被告主張のサンゲツ株式の取引が、原告X1に無断でなされたことは否認し、その余の事実は認める。

(三)  同4(三)の事実は争う。

5  同5の事実は争う。

三  抗弁

原告X1は、被告に対し、平成三年七月二日(単価三八〇〇円で五〇〇〇株)、同月四日(単価三六〇〇円で五〇〇〇株)、同月一〇日(単価三五八〇円で一一〇〇〇株、単価三六〇〇円で五〇〇〇株)の各日に信用取引によるサンゲツ株式の買付委託をし、被告を介して右株式を購入したが、その後これを売却して合計一五一二万七八三〇円の差損が生じたから、これにより、同原告は、被告に対し、右差損を支払うべき義務を負担した。したがって、同原告が右支払義務を履行するまで、被告は、同原告に対し、本件担保株券を返還すべき義務はない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三当裁判所の判断

一1  被告が証券取引法に基づき証券取引業を営む株式会社であることは、当事者間に争いがない。

2  甲第一〇号証の一部、乙第一ないし第一二号証、第二一ないし第四二号証、原告ら代表者尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨によれば、(一)原告X2は昭和二六年二月一四日に、原告X1は昭和四七年一二月一八日にそれぞれ成立された会社であり、いずれも不動産の売買、賃貸、管理等を業としていたが、昭和六〇年一月頃当時原告X2の従業員であったAが、自己又は親族の名義で原告らの株式を取得してその後その代表者に就任し、右株式取得の頃原告らの営業目的として従前のもののほか内外の有価証券を中心とする投資顧問業務、投資業等を加える旨定款を変更し、商業登記簿上も原告X2につき昭和六〇年三月九日に、原告X1につき昭和六三年一月三〇日にそれぞれその旨の変更登記を了したこと、(二)そして、Aは、昭和四〇年頃から、本人(家族の名義を借用したものを含む。)又は原告らの代表者(原告らは、従業員もごく僅かで、Aのいわゆる個人会社であり、原告X2の代表者が形式上Dになっていた時も、その実質上の代表者はAであった。以下、「原告らの代表者」という場合は、右に述べた実質上の代表者の趣旨を含む。)として、被告との間で継続的に証券取引を行い、取引の種類も株式(現物及び信用取引)、転換社債、ワラント等に及んでおり、(1)昭和六〇年五月から平成三年一一月までの間に、原告X2が行った取引による益金は七二二四万九四二四円、損金は八三七〇万一一一六円(差引一一四五万一六九二円の損)に上り、(2)昭和六一年一二月から平成三年一一月までに、原告X1が行った取引による益金は三七二六万五五七三円、損金は五八七八万八八四一円(差引二一五二万三二六八円の損)に上り、(3)A本人の取引については、昭和六〇年四月から平成三年一〇月までの間に本人名義で行った取引により六九六万七四四三円の利益を、昭和六〇年四月から平成三年五月までの間にD名義で行った取引により四九五万五九二六円の利益を、平成二年八月から平成三年一〇月まで間にE名義で行った取引により三九一万八一一八円の利益をそれぞれ得たこと、(三)さらに、Aは、被告以外にも、野村證券株式会社その他の証券会社との間で、本人及び原告らの代表者として証券取引を行い、平成二年二月から平成五年三月までメリルリンチ名古屋支店において、昭和六一年三月から平成六年一〇月まで野村證券名古屋支店において、平成二年七月から平成七年四月まで野村證券名駅前支店において、昭和五九年九月から平成七年四月まで大和証券株式会社において、平成元年五月から平成七年三月まで三洋証券株式会社において、平成二年一一月から平成五年九月まで千代田証券株式会社において、それぞれ現物又は信用取引によりワラント、外国証券を含む証券取引を行っていたこと、(四)Aは、被告を含む複数の証券会社の担当者から情報を収集し、被告からも証券新報、日刊投資新聞などの業界専門紙六紙の交付を受けてこれを閲読するなどして、専門的に証券投貸に関する知識の習得や情報の収集に努力し、被告との取引中は、担当者の従業員Cに対し、新規公開株や公募株、新発物のワラントを原告らに割り当てるよう要求したこともあったこと、以上の事実が認められ、右認定の事実によれば、原告らは、未だ実際には内外の有価証券を中心とする投資顧問業務を営んではいなかったけれども、Aがわざわざこのような業種を原告らの営業目的に追加して定款上及び商業登記上の営業目的を変更した上、その後積極的に証券取引に関する知識、情報の習得、収集に努め、かつ豊富な取引実績をあげていたことは、Aの証券取引に対する強い関心の表明とその意思の発現というべきであり、証券投資の専門家を志向した行為ということができる。甲第一〇号証、原告ら代表者尋問の結果中右認定に反する趣旨の部分は採用し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

二1  原告X2が、被告の勧誘により、被告との間で別表一1ないし3の「購入」欄記載のとおりワラントを購入したことは、当事者間に争いがない。

2  原告X2は、被告の同原告に対する右勧誘の際、被告の従業員Cに違法行為があった旨主張するので、順次検討する。

(一) 原告X2は、まず、被告の従業員Cにおいて、右各ワラント購入を勧誘するに当たり、同原告に対し、ワラントの特性及び危険性について十分説明せず、証券会社に課せられたワラントについての説明業務に違反したとか、購入するワラントの数量及び価格について同原告の事前の承諾を得ず、事後報告により売買を進めるという従業員規則九条の二に違反する行為をしたと主張する。

しかし、甲第一〇号証の一部、乙第三、第四号証、第九号証、第二三号証、第三六号証、証人Cの証言、原告ら代表者尋問の結果の一部によれば、(1)原告X2は、別表一1のワラント購入より約四年前の昭和六一年八月八日には既に被告からワラント(三菱重工ワラント)を購入し、これより前の同年三月にも大和証券から住友商事ワラントを購入していたところ、平成元年一二月六日、被告に対し、自己の判断と責任においてワラント取引を行うという内容のワラント取引に関する確認書を差し入れ、原告X1も、平成元年一二月一四日、同様の内容のワラント取引に関する確認書を被告に差し入れていたこと、(2)Cは、Aに対し、本件取引以前のワラント取引の際、ワラントの内容及び価格形成の仕組み、投資の実態、ワラントには権利行使期間があって、権利行使期間が経過したときには、無価値となることなど、ワラントの特質を知るために必要な事項を記載した国内新株引受権証券(国内ワラント)及び外国新株引受権証券(外貨建ワラント)の取引説明書を交付していたこと、(3)Aは、前記一2のとおり本人又は原告の代表者として被告ほか複数の証券会社とワラントを含む多数回かつ多額の証券取引を行っていたものであり、かつ、複数の証券会社の担当者から情報を収集するとともに、被告からも証券新報、日刊投資新聞などの業界専門紙六紙の交付を受けてこれを閲読し、証券投資に関する知識、情報に精通し、CがAに対し、ワラントの説明をした時には、ワラントに関し既に十分な知識と実績を有していたこと、(四)被告は、本件一、二の取引を含む原告らとの証券取引について、毎日原告ら代表者に報告するとともに、翌日取引の報告書を郵送したが、その後代金及び預かり証等の受渡しの際にも、原告らから、被告が原告らの事前の承諾を得ないで証券取引をした等の苦情が述べられることはなかったこと、以上の事実が認められるから、本件一の取引に関し、被告において説明義務に違反した勧誘をしたとか、従業員規則九条の二に違反する行為があったということはできず、前掲甲第一〇号証、原告ら代表者の供述中、右認定に反し、原告X2の右主張に沿う部分は、前掲各証拠に照らして採用し難く、他に右認定を覆して、原告X2の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二) 次に、原告X2は、被告の従業員Cにおいて、同原告に対し、断定的判断提供や利益保証をして、本件一の取引を勧誘した違法があると主張する。

確かに、甲第四号証、第一〇号証の一部、同第一二ないし第一四号証、乙第二三号証、証人Cの証言、原告ら代表者尋問の結果の一部によれば、Cは、Aに対し、別表一1ないし3のワラントを勧誘するに当たり、これらのワラントの価格が将来値上がりすることが期待でき、利益が上がる見込である旨を述べ、ブラザー販売ワラント1については、Cの聞いている情報では、三〇ビットは間違いなく持っていくということであった等と述べたことが認められる。

しかし、前示のとおり、Aは、証券取引に関する豊富な知識、経験があった上、普段から複数の証券会社から情報を収集し、かつ、本人又は原告らの代表者として、複数の証券会社との間でワラントを含む豊富な取引実績があり、損失も被ったこともあったのであるから、証券取引には必然的に損失の危険を伴うことや、証券会社が顧客に提供する情報が不確定な要素を含み、予測の域を出ないこと等を熟知していたものと推認することができ、右の事実に照らして考えれば、Cの右勧誘行為によって、原告X2に対し、本件一の取引に伴う危険性について誤った認識が形成されたとか、これをもって、同原告の投資経験、投資目的等に照らして過大な危険を伴う取引を勧誘したものということはできず、また、Cの右勧誘時の言動によって同原告が本件一の取引を行うことの意思を決定したものということもできない。

甲第一〇号証及び原告ら代表者尋問の結果中、右の認定判断に反し、Cにおいて本件一の取引勧誘の際断定的判断提供や利益保証をしたという部分は、右に説示した事情に照らして採用することができず、他に原告X2の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

してみれば、Cの右の行為をもって、社会的相当性を欠いた違法行為であるとはいえず、また、Cの右の行為と原告主張の損害との間に相当因果関係があるということもできない。

(三) 原告X2は、Cが、同原告に対し、上新電機ワラント52の取引を勧誘した際には、損失補てんの約束をしたと主張し、甲第一〇号証、原告ら代表者尋問の結果中にはこれに沿う趣旨の記載及び供述部分があるが、その内容自体が具体性がない上(肝心の損失補てんの方法についても、一般的に考えて、公募を買うとか、新発の株式とか優良株を持ってくるしか方法がないから、そのような話があったと思われると述べるだけで、具体性、迫真性に欠ける。)、乙第二三号証の記載及び証人Cの証言に照らして採用することができない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(四) 原告X2は、Cが、同原告に対し、ブラザー販売ワラント1を勧誘した際には、インサイダー情報を有しているかのように装って勧誘したとも主張するが、原告ら代表者自身、インサイダー情報についての具体的な話はなかったことを自認しているから、前示の原告ら代表者の個人又は会社代表者としての証券取引についての実績や知識等に照らして、原告X2が右のワラント取引する意思を決定するに当たり、誤解を生ぜしめるべき行為であったとか、虚偽の表示に当たるということはできず、前掲甲第一〇号証及び原告ら代表者尋問の結果中右の認定判断に反し、原告X2の右主張に沿う趣旨の記載及び供述部分は採用し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

三1  原告X1が、被告の勧誘により、被告から又は被告を介して別表二1ないし5の「購入」欄記載のとおりワラント、転換社債、株式等の有価証券を購入したことは、当事者間に争いがない。

2  原告X1は、被告の同原告に対する右勧誘の際、被告の従業員Cに違法行為があった旨主張するので、順次検討する。

(一) 原告X1は、別表二1、3及び5の各ワラントの取引を勧誘するに当たり、原告X2に対し、ワラントの特性及び危険性について十分説明せず、証券会社に課せられたワラントについての説明義務に違反したほか、別表二1ないし5の各取引について目的証券の数量及び価格について同原告の事前の承諾を得ず、事後報告により売買を進めるという従業員規則九条の二に違反する行為をしたと主張し、前掲甲第一〇号証、原告ら代表者尋問の結果中にはこれに沿う記載及び供述部分があるが、前記二2(一)(1)ないし(3)の認定事実や乙第二三号証、証人Cの証言に照らして採用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(二) 原告X1は、被告の従業員Cにおいて、同原告に対し、断定的判断提供や利益保証をして、別表二1ないし5の各取引を勧誘した違法があると主張し、甲第四号証、第一〇号証の一部、同第一二ないし第一四号証、乙第二三号証、証人Cの証言、原告ら代表者尋問の結果の一部によれば、Cは、Aに対し、別表二1ないし5の購入欄記載の証券取引を勧誘するに当たり、これらのワラントの価格が将来値上がりすることが期待でき、利益が上がる見込である旨を述べ、ブラザー販売ワラント1については、Cの聞いている情報では、三〇ビットは間違いなく持っていくということであった等と述べたことが認められ、甲第一〇号証、原告ら代表者尋問の結果中には、原告X1の右主張に沿う記載及び供述部分がある。

しかし、右認定のCの言動をもって、断定的判断提供や利益保証をして証券取引の勧誘をしたというに足りないこと、並びに原告X1の右主張に沿う甲第一〇号証の記載及び原告ら代表者の供述がにわかに採用できないことは、前記二2(二)に説示したところと同じである(四回ソニー転換社債の取引についての虚偽説明の主張は、その前提を欠くことになる。)。

(三) 原告X1は、Cが同原告に対し、ブラザー販売ワラント1を勧誘した際には、インサイダー情報を有しているかのような言動をしたと主張するが、右主張を肯認するに足りないことは、右二2(四)で説示したところと同じである。

(四) 原告X1は、THK株の取引について、同原告代表者の意思に基づかないで注文がなされたと主張し、甲第一〇号証、原告ら代表者尋問の結果中には、平成三年四月一五日の原告X2によるTHKの株式五〇〇〇株の売付は承諾したが、同日付の原告X1によるTHK株式三〇〇〇株の買付(別表二4の購入欄記載の取引)は承諾しておらず、同じ値での原告ら間の売買では売買手数料分が損となるだけで何ら意味がないから、X2による右株式の売り値(THKの株式は店頭売買銘柄であって、規則により指値で注文しなければならない。)と同じ値で原告X1が買付注文をする筈がないとの記載及び供述部分がある。

しかし、同じ値で原告X2がTHKの株式を売付け、原告X1がこれを買付けたとしても、必ずしも無意味な取引ということはできないだけでなく、原告X1は、本件訴訟手続において、当初被告の利益保証の約束により右の取引をしたとして、右の取引が同原告の意思に基づくことを前提とした主張をしていたのに、その後右の取引について同原告代表者の意思に基づかないで注文がなされたと主張を変更するに至ったものであることが記録上明らかであり、また、それまでは同原告が被告に対し、右の取引が同原告に無断でなされたとの苦情を述べた形跡もないことの事情や乙第二三号証、証人Cの証言に照らして考えれば、前掲甲第一〇号証の記載や原告ら代表者の供述はにわかに採用し難く、かえって、乙第二三号証、証人Cの証言によれば、右の取引は原告X1の承諾を得てなされたものと認められる。

そのほか、右の取引の際のCの行動をもって、商道徳に違反するとか公序良俗に違反するというべき事情のあることを認めるに足りる証拠はない。

四1  原告X1が、被告との証券取引上発生する債務の担保として、被告に対し、本件担保株券を差し入れたことは、当事者間に争いがない。

2  乙第一号証、第二三号証、第四四号証の一ないし六、証人Cの証言によれば、(一)原告X1は、被告に対し、平成三年七月二日(単価三八〇〇円で五〇〇〇株)、同月四日(単価三六〇〇円で五〇〇〇株)、同月一〇日(単価三五八〇円で二〇〇〇株、単価三六〇〇円で五〇〇〇株)の各日に信用取引によるサンゲツ株式の買付委託をして、被告を介して右株式を買い付けたが、右各取引日の翌日には被告から同原告に対し取引の報告書が郵送され、所定の期日までに信用保証金も入金されたこと、(二)被告は、同年一一月二一日に右株式のうち一万五〇〇〇株を売却して一三四七万五二〇一円の損失を出し、同月二二日に残余の二〇〇〇株を売却して一六五万二六二九円の損失を出したことが認められ、右認定事実によれば、右損失は原告X1に帰属すべきものであって、右1の担保契約における被担保債権が消滅したとはいえない。

もっとも、甲第六、第七号証、証人Cの証言によれば、Cは、同年七月一九日、同人の名刺の裏にサンゲツの株式一万七〇〇〇株の買いの取消をしたと記載してこれをFに交付したことや、同年九月一九日、Aが預り残高証明書の下部の余白にした、サンゲツの株式一万七〇〇〇株と参天製薬の株式一万株の取消を進め、保証金の返還をするとの記載の下に署名したことが認められるが、右は、Cが、Aから、Cが原告らに勧誘した証券の値下がりにより、原告らが損失を被ったことを責められ、右のとおりサンゲツの株式や参天製薬の株式の買いを取り消す旨の文書を作成するよう要求されて、やむなくこれに応じたものであって、右各株式の買付が原告X1に無断で行われたことを認めたものではなく、原告X1は、右の参天製薬の株式については、その後値上がりした時にこれを売却して利益を得ていることが認められるから、右各書証の記載は何ら右認定の妨げにはならない。また、甲第一〇号証及び原告ら代表者尋問の結果中には、右のサンゲツの株式の買付が原告X1社に無断でなされた旨前記認定に反する部分があるが、前掲各証拠に照らしてにわかに採用することができず、他に前記認定を動かすに足りる証拠はない。

3  してみると、被告が原告X1に対し、本件担保株券を返還すべき義務があるとはいえないから、右義務があることを前提とする原告X1の被告に対する損害賠償請求及び本件担保株券の返還請求は、いずれも理由がない。

第四結論

以上の次第であって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙橋勝男 裁判官 後藤健 裁判官杉山正明は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 髙橋勝男)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例